SIGGRAPH Asia 2025レポート 6

SIGGRAPH Asiaで理解した国際的な学会の上手な過ごし方とは?

SIGGRAPH Asiaで筆者が感じた国際的な学会の上手な過ごし方を紹介する。

松下 康之 - Yasuyuki Matsushita

6:00

SIGGRAPHはアメリカのコンピュータ学会ACM(Association for Computing Machinery)のコンピュータグラフィックスに特化した分科会としてスタートした、コンピュータグラフィックスの国際会議であり、コンピュータグラフィックスとその周辺のテクノロジーに取り組む研究者にとって研究成果を発表する場である。そのためいわゆるベンダーや業界団体が開催するカンファレンスとは異なっている。

順番で言えば先に国際会議というイベントが行われ、それを商業化した結果としてベンダーのカンファレンス、AWSであればre:Invent、Red HatではRed Hat Summit、GoogleならGoogle Cloud Nextなどが行われてきたということだろう。また近年ではオープンソースが多くの企業で使われることで、The Linux FoundationやCloud Native Computing Foundationなどが開催するカンファレンスも人気を集めている。

SIGGRAPHとは何か? を説明したスライド

SIGGRAPHとは何か? を説明したスライド

ベンダーが主催するカンファレンスではソフトウェアの新規性や新機能をアピールして製品を販売する、利用者を増やすというのが目的だろう。オープンソースのカンファレンスであればコミュニティで一緒に開発を行うエンジニアを増やすとともに、利用者を増やすことも目的になる。ベンダーにとっては採用も大きな目的となる。オープンソース系のカンファレンスであれば、同じ機能を実装した競合するプロジェクトがひとつのカンファレンスの中でセッションをそれぞれ行うことも珍しくない。どのベンダーも参加者もソフトウェアを知り、より良く使いたいという意思をもっていることは変わらない。

しかしSIGGRAPHのような国際会議は研究論文(テクニカルペーパーやポスター)発表の場であり、基本的にはカテゴリが同じであれば誰もが競争相手、もしくは新しいアイデアを得るためのきっかけに過ぎない。その意味では競合しつつも表面的にはオープンソースを擁護するLF/CNCFのカンファレンスよりも遥かに競争の場という印象が強い。競争の場ではあるが、お互いが刺激しあってより良い研究を行うためにACMはACMの会員に対してすべての論文を公開する変更を行ったと説明した。

2026年1月よりACMの論文はすべて公開されるという変更を説明

2026年1月よりACMの論文はすべて公開されるという変更を説明

これによってすべてが無料となるわけではないし、国や法律によっては制限される可能性があることも明記されているが、少なくともACMに加入している会員にとっては良い変更だろう。

論文(テクニカルペーパー)の採用数や採択率もオープンソース系のカンファレンスとは大きく異なる。SIGGRAPH Asiaの場合、約1100の応募に対して採択率は27%だ。つまり4本に1本の論文しか採用されないということになる。

SIGGRAPH Asiaの応募されたテクニカルペーパーの数。2021年から急増している

SIGGRAPH Asiaの応募されたテクニカルペーパーの数。2021年から急増している

採択率も2022年の37%から減少しており、採択されること自体が難しくなっていることがわかる。

採択率も年々厳しくなっている

採択率も年々厳しくなっている

SIGGRAPHの構成としては、採択された論文をポスターの形で1枚の大きな紙にまとめて掲示するポスターセッションと、12分の時間でスライドを使ってプレゼンテーションをするテクニカルペーパーセッションに分かれる。他にもワークショップ、バーズオブフェザー(BoF)、トピックを絞ったトレーニングコースなど、単なるプレゼンテーションではなく構成を変えて参加者のニーズに応えようとする形式になっていた。

ポスターセッションが行われた会議室。まだ始まったばかりで無人状態だった

ポスターセッションが行われた会議室。まだ始まったばかりで無人状態だった

トークセッションではカテゴリーごとにまとめて毎回6本の論文が紹介される形式だ。それぞれ10分のプレゼンテーション、2分の質疑応答という構成だ。参加者から質問が出ない場合は司会役を務めるそのエリアの研究者が積極的に質問を行うという姿勢は、どのテクニカルペーパーセッションでも共通していた。

テクニカルペーパーセッションのようす。入れ替わり立ち代わりでプレゼンテーションを行う

テクニカルペーパーセッションのようす。入れ替わり立ち代わりでプレゼンテーションを行う

なお香港で行われたカンファレンスではあるが、すべてのポスター、プレゼンテーションは英語で表記され、プレゼンテーションもすべて英語に統一されていた。KubeCon Chinaでは約半分のセッションは中国語、2025年夏に北京で行われたApache Software FoundationのCommunity Over Codeでは約9割のセッションが中国語で行われたことを思えば、コンピュータグラフィックスの国際学会では英語が共通言語であるということが徹底されていたといえるだろう。

テクニカルペーパーの中で特に注目されるペーパーについては、初日の9時からTechnical Paper Fast-Forward and Awardsとして1人当たり30秒程度の時間を使って文字通り早送りで論文を紹介する時間が設けられており、300を超える採択された論文の一部であっても多くの参加者に露出することに注力していた。

Fast-Forwardで紹介されたテクニカルペーパーのひとつ、写真からLEGOのモデルを生成する

Fast-Forwardで紹介されたテクニカルペーパーのひとつ、写真からLEGOのモデルを生成する

このスライドはFast-Forwardで紹介されたものだが、イメージデータからそれをLEGOのブロックでモデリングするとどうなるのか?という内容だ。例として使われたイメージはTaylor Swiftだ。

ByteDanceのペーパー、2つの写真からポーズや服装を合成する

ByteDanceのペーパー、2つの写真からポーズや服装を合成する

これはByteDanceの研究者が発表したもので、1枚の写真からポーズだけを抽出してそれを別の写真の人物像に適用するという研究だ。この応用例は複数の論文として発表されており、いわゆる着せ替えを自然に見えるように合成するというファッション業界が欲しがるテーマとなっていた。

写真業界の「ボケ」(Bokeh)はすでに共通用語となっている

写真業界の「ボケ」(Bokeh)はすでに共通用語となっている

このスライドでは写真における「ボケ」をより自然に生成するためのテクノロジーを発表。ここでは豹の背後のイメージをボケさせる際に、ヒゲも背景と一緒にボケてしまうことを防ぐ技術を発表していた。

またコンピュータグラフィックスのカンファレンスらしくコンピュータで製作されたアニメーションの優秀な作品だけを集めて「Computer Animation Festival」としてキーノート会場で上映していた。

主にコンピュータグラフィックスを学ぶ学生が製作したショートフィルムを上映

主にコンピュータグラフィックスを学ぶ学生が製作したショートフィルムを上映

フランスやカザフスタン、ドイツ、ロシアなどで製作されたショートフィルムは高い品質と構成を持ったプロフェッショナルな短編映画と表現しても良い内容となっていた。要約版の動画が公開されているので参照して欲しい。その高い質に驚かれるに違いない。

●参考:SIGGRAPH Asia 2025 Computer Animation Festival予告編

Computer Animation Festivalには488の応募があり、その75%が学生による製作であったという。審査には28名が世界中から選ばれ1つの作品について3~4人の審査員が鑑賞して審査を行ったという。審査の結果は最優秀賞、学生による作品の最優秀賞、審査員の特別賞、そして参加者からの投票による賞の4つが与えられる。ここでも作品は競争によって順位付けされることが義務付けられ、このカンファレンスが競争の場であることが強く示される。

プレスカンファレンスで説明されたComputer Animation Festivalの概要

プレスカンファレンスで説明されたComputer Animation Festivalの概要

ここで筆者が感じたSIGGRAPHの過ごし方を紹介しよう。基本的には興味のある分野(アニメーション、レンダリング、AR/VRなど)の中からテクニカルペーパー及びポスターを閲覧して、運が良ければその筆者から直接、解説を受け質問を行う、筆者がいない場合はテクニカルペーパーのセッションに参加して質問を行うという流れだ。ポスターやテクニカルペーパーを予習して聞きたいことを整理して臨めば、質疑応答に効率良く臨めるようになる。基本的にどのプレゼンターも英語でのコミュニケーションが可能だし、英語が不得意でも質問を歓迎し、理解しようとする姿勢は変わらない。

メインとなる会場の前に設置されたポスター。多くの参加者が閲覧していた

メインとなる会場の前に設置されたポスター。多くの参加者が閲覧していた

ポスターセッションの1例を紹介しよう。これは東京大学などによるアニメーションのキーフレームを繋ぐ画像を生成する際に、画像の変化を自然に見せるための研究だ。画像をレイヤーに分けてそれぞれのレイヤーごとに変化に一貫性を持たせることで、キーフレームの間を繋ぐ画像に一貫性のないフレームが生成されることを防ぐアプローチを解説している。

またコンピュータグラフィックスのデモもキーノート会場で行われ、多くの参加者が参加していた。

テクニカルペーパーのセッションが10分の時間しか与えられないことに、オープンソース系のカンファレンスに慣れた筆者は驚いたものだが、参加者は主に学生で自身の研究のヒントになるものを競争相手から獲得することを目的とするならばわずか10分のプレゼンテーションよりも他の研究者が何をやっているのか? を短時間で大量に獲得できるこの形式のカンファレンスは効率が非常に良いということだろう。

ちなみに日本から展示に参加していたベンダーは「アメリカのSIGGRAPHは規模が大き過ぎて展示をやっても他のベンダーに負けてしまう。アジアで開催されるSIGGRAPHでは採用も進むし、リーチする効率が良い」と語っていた。

ただ特定の研究領域における論文発表の国際大会であるという性格からか、「失敗した研究」が明らかにされることはなく、常に新技術が旧来の手法からどの程度、改善したのか? という良い話だけを開示するスタイルであることから、成功の裏に存在する何十倍もの失敗が見えてこないのが残念ではある。

要素技術だけではなく業界によっては今すぐ使いたい新技術のヒントが溢れているSIGGRAPHは、産業界においてももっと注目されるべき国際会議であるといえるだろう。

次回のSIGGRAPH Asiaはマレーシアのクアラルンプールで2026年12月1日から4日に開催される予定だ。また本家であるSIGGRAPHも2026年7月19日から23日にロスアンゼルスで開催されることが発表された。

次回のSIGGRAPHは2026年7月19日から23日にロスアンゼルスで開催予定

次回のSIGGRAPHは2026年7月19日から23日にロスアンゼルスで開催予定

●参考:SIGGRAPH 2026

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