SIGGRAPH Asia 2025レポート 3

SIGGRAPH Asiaに参加した北大の小川教授にインタビュー。暗黙知をAIに実装する試みとは?

SIGGRAPH Asiaに参加した北大の小川教授にインタビュー。暗黙知をAIに実装する試みとは?

松下 康之 - Yasuyuki Matsushita

6:30

SIGGRAPHのアジアバージョンであるSIGGRAPH Asia 2025が2025年12月15日から18日まで香港で開催された。カンファレンスに参加した北海道大学の小川貴弘氏(大学院情報科学研究院メディアネットワーク部門、教授)にインタビューを実施。人工知能との関わり、今後の課題などについて意見を聞いた。

簡単に自己紹介をお願いします。

小川:私は生まれも育ちも北海道で大学に進んだのも北大、教授として教えているのも北大という道産子なんです。現在は産学連携の研究と基礎研究を並列的に実施しています。
今回のSIGGRAPHは研究室の学生がポスターセッションとテクニカルコミュニケーションに通ったということで学生と一緒に参加しています。人工知能のほうが専門なのでちょっと畑は違いますが、私たちが研究しているマルチモーダルなシステムという観点では非常に参考になりますね。

インタビューに応える小川教授

インタビューに応える小川教授

マルチモーダルとは、具体的に言うと?

小川:大学の研究室では画像、音声、音楽、言語のように各モダリティに特化した研究を分かれてやりがちなんですが、私の指導教授だった先生がマルチモーダルの研究を進めていたところに私が参加して、マルチモーダル分野を横断する形で研究をしています。
例えば画像と言語という部分では画像の中に何が写っているのかを認識して言語化するということです。単に画像の中にある文字を認識するのではなく、写っているのが男性なのか女性なのかを認識するみたいなものが具体的な使い方になりますね。2000年代から徐々に人工知能を使ったマルチモーダルの研究が始まった感じです。そのように研究したものをソフトウェアとしてコード化する作業も進めていました。
世界に溢れるデータのうち、統計や数理的に使える整理されたデータ(形式知化された)というのはどんなに多くても全体の20%ぐらいの量程度しかないとされており、後は整理されていないデータ、つまり人間が暗黙のうちに蓄えているコツや文字として表現できない感覚みたいなものが少なくとも80%ぐらいであると言われているんですね。それでそれらを何とか活用できないか? というのが大きな研究のテーマになっています。

SIGGRAPHに参加した目的は?

小川:SIGGRAPHに参加している殆どの人はCGやゲーム、映像作品に関わっている研究者やベンダーだと思いますが、彼らの興味は制作物を作る部分にAIなどの新しい技術が使えないか? という観点が強いと思います。つまりやりたいことがあってそれを良くする、速くするためにAIを道具として使うという発想です。
私の場合は逆でAIのためにCGやメタバース、新しい技術が使えないか? という観点です。AIが暗黙知を獲得するための道具としてのグラフィックスという発想です。
つまりAIが学習するための道具としてのCGという観点です。今回のポスターセッションでも1枚の画像から360度のパノラマ画像を合成するという研究を発表していますが、それも実は現実の世界をデジタルで再構成するための道具として行っています。
研究をしている学生にとってみれば、1枚の画像から綺麗な360度の画像が生成できて嬉しい! という感想ですが、その先に控えている大きな研究テーマの土台でもあるということになります。研究している学生にとってそれが理解されているか、ちょっと怪しいところもありますけど(笑)。
もう1つの研究もゲームをAIにやらせることでAIが汎化的な知識を獲得できるか? をテーマにしているのですが、これも暗黙知を獲得するための試みです。
これは実際に多くの大人が体験していると思いますが、子どもがゲームをやっているのを見ているといつの間にこんな技を覚えたんだ? という瞬間があると思います。彼らは誰に教えて貰うことなくゲームをやっているうちに高度な技を覚えるんですね。人間にはそういう知識獲得ができている、それをAIにできるのかを知りたいというのがテーマになっています。
これも暗黙知をAIが獲得するということに繋がりますね。したがって、暗黙知の獲得というテーマを実装するための一歩なのです。

インタビューに応える小川教授

小川教授が指導した画像からパノラマ画像を生成する研究のポスターの前で撮影

今回、参加して気付いたことなどはありますか?

小川:これはSIGGRAPH以前から気付いていたことなのですが、哲学が違うなということです。人工知能系の研究であれば、論文には定量的な数値が必須でそれを元に議論が進むのですが、グラフィックやアートに近い分野になればなるほど、定性的な、そして主観的な観点に重きが置かれると感じています。滑らかな曲線とか美しさのようなな部分が論文では主張されていることが多く、そこが違うという感覚があります。

松下:しかし多くの論文発表のトークでは他の技術と比べてこれだけ速くなった、データ量が少なくなったという観点はあった気がします。ベンダーのトークでもAdobeがAdobe Substanceを使ってこれだけ背景のCGを素早く造れますというのを盛んにアピールしていましたから。やはり研究の場から商業の場に移ってくると定量的な評価は必要なんだなと思いましたね。

小川:それはそうですね。

ちょっと違う観点から質問をしたいと思います。今回は多くの中国の大学や企業からの発表がありました。中国にとってもCGの世界で新しい技術がどんどん出てきていると思います。AIという観点でも中国は独自に進化しているのを今年参加したThe Apache Software Foundationのカンファレンス、ComunityoverCodeでも実感しました。先生は中国の進化をどう見ていますか?

小川:中国はやはり独自の文化を持っていますからAIに関してもそれを守る方向に行くんだと思います。

松下:中国に行くとそこら中に監視カメラはあるしスマホのデータもちゃんと取っているだろうし、巨大なデータから知識を獲得するということには適した社会ではありますよね。

小川:人口も多いですから、いろいろな可能性があると思います。

小川先生が考えている現在の課題は?

小川:AIに関して言えば社会実装していくことが必要なのですが、それを社会が受け入れる意識が少ないというのが問題だと感じています。現在の社会の意識としてはAIに関わらず新しい技術が出てくるとどうしても人減らしのような観点で批判されてしまうわけですが、実際には業務自体が変わるはずで、そうすると必ずしも人が減るわけではないと思います。しかし、そこはなかなか人間の意識が変わらないところです。
また、AIがミスをすることが問題として挙げられますが、実際には人間もミスをするわけです。つまり人間はミスをしないがAIはミスをする、AIの正解率が99%であっても1%は間違ってしまう、それが問題だ! というような議論になりますが、実際にはAIよりも人間のほうがミスをする確率は高いわけです。したがって、現実的には人間であろうとAIであろうとミスをした時の対応をどうするのか? を議論した方が建設的であると思います。
人間でもAIでも間違う時があって、それが起きた時にどうやってそのリカバリーをするのか? という観点になれば、AIの社会実装は急速に進む気がします。例えば、北海道に注目すれば、仕事をする人間が急速に減り、業務が回らなくなるという状況が間近に近づいているわけです。高齢化と少子化、そして若者は都会に出て行ってしまうことが多い状況です。そのような時に必要な仕事を誰がするのか? という観点で考えればAIを使わないということはあり得ないわけです。そのような観点では、北海道は社会の意識の変容が必要な最前線にいます。

そういう意味では、トヨタが作ったWoven Cityというのは実験場としては興味深いんじゃないですか? 実際に使ってみたいと思いますよね。

小川:そうですね。あの実験は興味深いですね。私たちの研究で意識しているのは異分野融合というのがあり、産学連携を行う時も情報系との連携というよりは、土木系や医療系のように実際の現場において業務を実施をしている皆さんと研究を行いたいと思っています。分野を横断して研究をすることで、リアルな社会で必要とされている技術を基礎研究の場に反映できるからです。そこを行ったり来たりすることで、良い成果が生まれると信じてます。
また、分野が違っても同じ課題というのが見えてくると思います。現在感じている課題の1つにAIがどうしてその判断をしたのか説明して欲しいというニーズがあります。それはどの業種でも挙がってくる問題ですが、それについても研究が進んでいる段階だと思います。

インタビューに応える小川教授

異分野融合研究をスライドを使って説明する小川教授

最後に、来年クアラルンプールで開催されるSIGGRAPH Asiaにも参加する予定ですか?

小川:そのつもりです。その前に1月にAAAIがシンガポールで研究室から発表がありますので、そちらもしっかりとAIの研究室として成果をアピールしたいと思っています。

コンピュータグラフィックスとは違う専門分野ながら、マルチモーダルなAIの社会実装のために最新のグラフィックスを応用したいと熱く語った北大の小川教授の研究成果に注目していきたい。

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