SIGGRAPH Asiaはコンピュータグラフィックスの学会であり、主役は研究の成果である論文やポスターを発表する参加者だ。しかしながらコンピュータグラフィックスに関わるビジネスを展開するベンダーにとっては新機能や新製品を訴求することで認知を拡げ、最終的には製品やサービスを購入してもらうための施策としてSIGGRAPHに参加するのは理に適っている。今回はAdobeのセッションを紹介する。
Adobeは通常のセッションが行われる会議室ではなく、シアターとしても使える部屋で1時間を超える時間を使って自社製品の訴求を行っていた。セッションの発表者が10分のプレゼンテーション、2分のQ&A、合計12分という短時間しか貰えないことに比べたら大盤振舞いといったところだろう。
Adobeがここで訴求していたのはAdobe Substanceという製品で、ざっくりと要約すれば映画などで使われる背景(建物や地面など)を生成するためのツールである。Substanceは物質という意味になるが、要は主人公などのキャラクターの背景に使われる3Dオブジェクトを作り出すためのツール群を紹介する内容となった。
Adobeの公式ページを見れば何をするツールかは理解できるだろう。プレゼンテーションはAdobeのShayla Yin氏だが、途中でハリウッドや中国のCGプロダクションのアーティストを招いて実際に体験を語らせるという構成をとり、映画で使われる背景や素材作成のワークフローなどを解説した。コンピュータグラフィックスは現代の映画製作には欠かせない重要な要素だが、研究の立場から実際にコンピュータグラフィックスを使う現場としてもCGプロダクションは有望な職業だろう。その経験を実際に語らせることは大きな意味があると思われる。
Yin氏は実際にAdobe Substanceを使って生成されたオブジェクトを動画で紹介。ここでは金のレリーフで飾られた壁の一部を紹介した。単に形状だけではなく光の反射、影、質感などを実写と同じレベルで作成できることがポイントだ。
そしてAdobe Substanceは3DCGの作成におけるオープンなエコシステムを醸成していると説明。ここではUnityやUnreal Enginerなどのゲームエンジンに限らずBlender、Maya、Cinema 4Dなどの様々なツールと連携できることが重要であると強調した。
ここでAdobe Substanceにとって重要な「オープン」に関する内容が解説されている。このスライドで挙げられているOpenUSDはUniversal Scene Description(USD)のオープンな仕様、OpenPBRはThe Linux Foundation(LF)配下のAcademy Software Fooundation(ASWF)が公開しているPhisically Based Rendering(PBR)のオープンな仕様ということになる。
USDは3Dオブジェクトを定義するファイルフォーマットで、もともとはPixarが開発したものをオープンソースとして公開したという経緯がある。テクノロジーを公開しただけでなく、それを管理する非営利団体をLF配下のJoint Development Foundationの協力を受けて創設。それがThe Alliance for OpenUSD(AOUSD)という名称の組織になる。OpenPBRもASWFのMaterialXというプロジェクトの成果物だったもので、開発にはAdobeやAutodesk、NVIDIAなどが協力しているという。
どちらも3Dのモデルや属性情報をオープンなデータとして公開することで様々なツール間でデータ交換が行えるようにするのが目的だ。1社のプロプライエタリな仕様でユーザーを囲い込むのではなくオープンにすることで他社のツールが対応することを可能にし、エコシステムを拡げたいという思いが見える。同時に映画におけるコンピュータグラフィックスには多くのプロセスと専門のツールが必要な複雑な工程であることが分かる。
ここからは3Dモデルのアセットの紹介に加えて、レンダリングまでのワークフローを紹介。そしてコンピュータ上で生成するのではなく実際の物質からサンプリングを行うことでリアルな質感を出すSamplerというソフトウェアの紹介を行った。
ここではHPが開発したスキャナー、HP Z Captisへの対応などを紹介した。例えば、布地を高精密なスキャナーで読み取ることでそのデータを実際の物体(人体や鞄など)に応用するという使い方だろう。服のモデルは3Dのオブジェクトとして作成し、それに布地をデータとして貼り付けることでよりリアルな服地が完成するというわけだ。
動きのある映画などに限らず、プロモーションのためのパンフレットや試作品の色やマテリアルを変えた場合の画像を生成することも可能だと説明。これはStagerというツールの機能のようだ。
そして、3Dの背景を作るためのワークフローについても別の担当者が解説を行った。
ここでは、石柱が立つ遺跡のような背景を作る段階が簡単に紹介されている。この背景に人が歩いて移動するシーンを自動的に生成できる機能も紹介した。
また画一的にペイントするのではなく、塗装が剥げたような質感を背景に与えることを自動化することも可能であると説明。
この1シーンで使われている中国の古い寺院のような建物の作成には、1階を構成する扉と窓の部分に多くの時間が必要であったことを説明。この部分は同じパーツが繰り返し使われているが、それぞれがユニーク文字や傷、剥げを追加することでリアルに近い質感を出したかったということだろう。このような背景でも多くの時間が必要となるというのが今の映画製作ということになる。
次に登壇したのは、MORE VFXというプロダクションのシニアアセットアーティストであるJerry QIU氏だ。MORE VFXはThe Wandering Earth 2というSF映画のVFXを担当したプロダクションで、QIU氏は作成したシーンを見せながらAdobe Substance 3Dを使ったユースケースを解説した。
QIU氏はASTというグループに在籍して、キャラクターを含む多くのオブジェクトを作成していると説明。
このシーンに登場するメカだけでも膨大な3Dのパーツ、アセットが使われていることが分かる。表面に貼られるテクスチャ―だけでも30万種類もあるという。
ここまででAdobe Substance 3Dの最新情報とユースケースを説明した形になった。視聴者が背景として気に留めないような部分でもリアリティを追及するためには必要な時間と労力ということだろう。Adobeのソリューションであれば、これまでの時間と労力を削減できるというのがコアのメッセージだった。
Adobeは映画製作には欠かせない背景などのアセットを作成するSubstanceの解説とユースケースをユーザーに語らせたセッションとなった。参加者の多くは学生と研究者であることを考えると、短期の利益ではなく業界での優位性を示すためのプレゼンテーションであったと言える。スポンサーとしては展示ブースに予算を使わずにセッションのために使い切ったという方針だろう。
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