この連載が書籍になりました!『これからのSIerの話をしよう エンジニアの働き方改革

自分を取り巻く世界に5%貢献する

2017年5月16日(火)
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)

はじめに

みなさん、こんにちは。「みんなでIT業界を盛り立てていこう!」。そんな思いで書き始めたこの連載も、今回で最終回となります。外側からではなくIT業界の一員として、そして経営者でありエンジニアである立場から、自社の事例も交えながらいろいろと提言してきました。

人に伝えることは、自身の振り返りになります。本連載を書きながら、自社でできていないことにもたくさん気付きました。「言ったからには必ず実践しよう」。そう思って1つずつ社内で取り組んでいるのですが、そんなきっかけを得ることになるとは思いもしませんでした。みなさんの会社にもプラスになることがあれば、とても嬉しく思います。

最終回の今回は、IT業界の特性上どうしても取り上げなければならないメンタルヘルス問題をテーマとします。日頃、見て見ぬふりをしがちな問題なのですが、一緒に考えてみてください。

「これからのSIerのために」ーメンタルヘルス対策を真剣に行う

働き方改革は生産性向上につながる

本連載は、2016年9月14日の「SIerの存在意義と抱える悩み」からスタートしました。その中で「企業が取り組まなければならない問題」のトップに「社員の教育、人材育成、スキル向上」「働きやすい環境作り」を掲げています。

次の「常駐・派遣ビジネスの功罪を考える」では「社員を財産として大切にする」ことを訴え、「社員の定着率をアップするための具体策を講じる」では「稼働率、有休取得率、残業時間をコントロールする」ことを提言しています。その際にコラムで「本音を変える覚悟がありますか?」と問いかけたのは、「どうやったら働く環境改善に本気で取り組んでもらえるだろう」という強い思いと焦りがあったからです。

でも、その直後に社会は一変しました。電通の痛ましい事件が発覚し、「働き方改革」が大きな社会現象になったのです。各社の年頭所感でも「働き方改革」を一番に掲げるトップが多く、その大きな改革のうねりはIT業界にも押し寄せています。

トップの挨拶をよく聞くと、みなさん「働き方改革」を進める一方で「企業の成長」を緩めるつもりは毛頭ないようです。その代わりに口をそろえて言うのが「生産性向上」で、それは3つの要素が次式のような関係にあるからです。

アウトプット=生産性 × 労働時間

つまり、労働時間を短縮するならば生産性を上げなければなりません。私が「生産性向上を本気で考える」や「情報システム化を一気に進める」で生産性向上や合理化推進を掲げたのも同じ理屈です。

日本はかつて排ガス規制が強化されることをチャンスと捉えて、世界トップクラスのエコ技術を発達させました。同じように各企業が本気で「働き方改革」に取り組むことにより、世界の中でも「低い」と言われているホワイトカラーの生産性を一気に高められるのではとわくわくしています。

メンタルヘルス対策

多重請負構造とKPI管理の導入」の中で、「うつ病発生率、休職者発生率、その内の復職率なども数値管理しましょう」と”健康経営”を呼びかけています。今回は、この課題を掘り下げて考えます。最終回なのにあまり触れたくないテーマを取り上げるのは、多くのIT企業がこの問題に真剣に向き合っていないからです。そして、ここを改善しない限り、これからのSIerに明るい未来図が描けないと思っています。

実際、IT業界は他の業界に比べてメンタルヘルス不調になりやすい業界です。厚生労働省が調査した「平成27年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概況」という資料があります。第5表の「過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1ヶ月以上休業又は退職した労働割合」という表(p5)を見ると、「情報通信業」は休業した人1.3%、退職した人0.4%とダントツに多いのです(全産業平均は休業者0.4%、退職者0.2%)。

つまり、社員数300人の会社の場合、連続1か月以上休業した人が4人、その結果退職してしまった人が1人いるということになります。これに連続1か月以上という条件を外し、さらに不調者予備軍もカウントすればもっと数は増えます。我々IT業界はメンタルヘルス問題を他の業界よりも多く抱えていることを自覚し、なんとかしなければなりません。

最初に、なぜIT業界はストレスが大きいのか考えてみましょう。

(1)IT業界のストレスが大きい理由

・プロジェクト型ビジネス
システム開発の仕事はプロジェクトとして行うものが多く、難易度も高く納期にもシビアです。プロジェクトを進める中でさまざまな障壁が発生し、それらを乗り越えて「納期までに完成させなければ」というプレッシャーが常につきまといます。プロジェクトが順調に進む場合は問題ないのですが、うまくいかずに納期やコストが計画を守れなくなると急激にストレスが高まってしまいます。

・労働時間が長い
IT業界は労働集約型産業です。生産設備が”ヒト”であり、頭脳産業なので機械化があまり進んでいません。そのため、他の業界に比べて「労働時間が長い」と言われています。

実態を見てみましょう。総務省統計局が毎年出している「日本の統計2017」という資料があります。この中の「19-12 産業別常用労働者1人平均月間総実労働時間数」(p177)によると、平成26年の情報通信業の月間労働時間は163.4時間で、建設業、運輸・郵便業、製造業に続いて4番目に多い業界となっています。

「え、そんなに少ないの?」と半信半疑なところはあるのですが、業界平均よりも14.4時間多いのは事実です。各社があと15時間くらいは労働時間を短縮する意識を持つ必要があるでしょう。

※出典:日本の統計2017「19-12 産業別常用労働者1人平均月間総実労働時間数」p177よりピックアップ

この他にも「働く場所が客先常駐という場合が多い」「多重請負構造で上の勝手な指示に従わなければならない」というSIerの課題に起因するものや「技術革新が激しく追いつかない」「アウトプットにおける個人の責任がわかりやすい」というITの性格に基づくものもストレスを大きくしている要因です。

(2)アメリカでもIT業界はストレスが大きい?

では、ITの先進国であるアメリカはどうでしょうか。ネットで調べて見たら「CAREER CAST」というアメリカの求人サイトに「The Most Stressful Jobs of 2015」という記事があり、アメリカで最もストレスがある職業ベストテンが紹介されていました。

下士官(軍人)、消防士、将校、パイロット、警察官といった制服組がトップ5を占め、俳優、アナウンサー、イベントコーディネイター、フォトジャーナリスト、ニュースレポーターが続いています。

このトップ10にIT業界はありませんね。アメリカのIT業界は日本と違ってストレスは強くないのでしょうか。「いや、そんなことはあり得ない」と思って別のキーワードで検索すると、「Working in IT is getting more stressful」や「Health problems and stress in Information Technology and Business Process Outsourcing employees」など、アメリカでもIT業界はストレスが高いことを示すページが続々と出てきます。

実は「ストレスがあるから悪い」というわけではありません。アメリカのトップ10を見ても、格好良い職業、憧れの職業がずらっと並んでいます。ストレスがあることは、やりがいや達成感があることです。大事なのは、ストレスをうまくコントロールして、メンタルヘルス不調につなげないことなのです。

ストレスをコントロールする(個人)

ストレスを上手にコントロールするにはどうすれば良いでしょうか。自分なりのストレスを溜めないコツを持っていると心強いです。私の方法を紹介しましょう。私は今まで一度もメンタルヘルス不調に陥ったことがないのですが、それは心がタフだということよりも、日ごろから図のようなことに気をつけているからだと思っています。

図:ストレスのコントロール方法

私は「あ、ちょっとストレスが溜まりそうだ」と感じたときは、思い切って休むようにしています。社長なのにと考えてはいけません。社長がそうすれば、社員も休みやすくなります。マラソンを走るときには、喉が乾いたと感じる前に早めに水分補給することが大切です。それと同じでストレスが溜まる前に休みをとって好きなことをするようにしましょう。

自分のストレスをコントロールできるのはあくまでも自分だけです。上司や同僚、部下の目を気にして「休めない」などと遠慮するのはやめましょう。ストレスが溜まって勤怠が悪くなったり生産性が落ちたりするよりも、オンオフをはっきりして元気に働く方がよほどみんなのためになります。

ストレスコントロールというとすぐにリラックスが思い浮かびます。確かにそれはとても大事ですが、だらだら弛緩してばかりいると”張り”や”リア充”が感じられません。生活のリズムの中に勉強や運動をきちんと取り入れて充実した毎日を送ることもとても重要です。

自社の取り組み状況をチェック(企業)

とは言うものの、実際メンタルヘルスは個人の努力だけではどうにもなりません。うつ病になった人に話を聴くと「まさか自分がなるなんて」という感想が返ってきます。本人の意識や心がけに関わらず発症してしまうのがメンタルヘルス不調の怖さなのです。

先ほどの厚生労働省の調査結果に「第6表 メンタルヘルス対策の取り組みの有無および取り組み内容別事業所割合」(p6)という(お役所らしい)長ったらしい名前の表があります。そこから情報通信業の取り組みを抜粋したものが下表です。発症者が一番多い分、さすがに全産業平均よりも数値は上ですが、まだまだ本気で取り組んでいない実態が見てとれます。自社欄を用意したので、まずは自社の取り組み状況をチェックしてみてください。

(「第6表 メンタルヘルス対策の取り組みの有無および取り組み内容別事業所割合」から抜粋して加工)

メンタルヘルス対策

この表を参考にしながら、メンタルヘルス対策の計画を立ててすぐに実行しましょう。計画策定では、次のような点が特に重要です。

(1)職場の雰囲気を良くする強い意志

メンタルヘルス不調者が発生しやすい職場と発生しにくい職場があります。発生しやすい職場の雰囲気を変えるには、経営者や管理職だけでなく一人ひとりの意識改革も必要です。「俺らの頃はこうだった」「今どきの若いやつは弱い」などと思っている人が多いうちは、メンタルヘルス不調者は減りません。「上司だけでなく全員の意識を変える」という強い意志で取り組んでください。

(2)メンタルヘルスを正しく理解するための教育

上記の表で「労働者や管理監督者への教育研修・情報提供」の実施が5割を超えていますが、情報提供という便利な言葉から数値が高くなっているように思われます。実際には「一度もきちんと研修を受けたことがない」という人が多いです。メンタルヘルス不調は病気なので、本人の予防意識や周りの人の理解が必要です。職場の雰囲気を変えるためには何度も何度も教育・研修する必要があるので、通り一遍の教育・指導で済んだことにしないでください。

(3)ストレスチェックで予備軍を発掘

メンタルヘルス不調は一度発症してしまうとなかなか治らない心の病ですが、通常の病気と同じように発症する前にさまざまな予兆や初期症状が出ます。自分で「おかしい」と感じられれば良いのですが、自覚症状がなく他人に指摘されて気づく場合も少なくありません。

上記の表に「ストレスチェック」という調査のことが書かれています。実は当社もこれを実施しているのですが、本人も気づいていないような予備軍を見つけることができて非常に効果がありました。発症する前にしかるべき対処をすれば大事には至らず、本人も何事もなかったように元気に働けるのです。

自分を取り巻く世界に貢献する

さて、本連載もいよいよ終わりです。最後の最後にもう1つだけお伝えしたいことがあります。それは「自分を取り巻く世界に貢献する」ということです。あなたが社員なら、自身のスキルアップだけでなく会社を良くすることに5%の時間と情熱を割いてください。あなたが経営者なら、自分たちの会社を大きくすることだけでなく、IT業界全体を良くすることに5%の時間と情熱を注いでください。

私が本連載を引き受けたのも「IT業界をもっと良くしたい」という希望と情熱からです。そして、本連載を書くことで一番恩恵を受けたのが私自身だったように、注いだ情熱は必ず自分に役立つ形で返ってきます。

「所詮SIerは…」などと評論家気取りで何もしてくれない人たちは放っておいて、一緒にIT業界をより良くして行きましょう!

最後になりましたが、長い間のご愛読ありがとうございました。

著者
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)
株式会社システムインテグレータ

東芝、SCSKを経て1995年に株式会社システムインテグレータを設立し、現在、代表取締役社長。2006年東証マザーズ、2014年東証第一部、2019年東証スタンダード上場。

前職で日本最初のERP「ProActive」を作った後に独立し、日本初のECパッケージ「SI Web Shopping」や開発支援ツール「SI Object Browser」を開発。日本初のWebベースのERP「GRANDIT」をコンソーシアム方式で開発し、統合型プロジェクト管理システム「SI Object Browser PM」など、独創的なアイデアの製品を次々とリリース。

主な著書に「Oracle8入門」シリーズや「SQL Server7.0徹底入門」、「実践SQL」などのRDBMS系、「グラス片手にデータベース設計入門」シリーズや「パッケージから学ぶ4大分野の業務知識」などの業務知識系、「実践!プロジェクト管理入門」シリーズ、「統合型プロジェクト管理のススメ」などのプロジェクト管理系、最近ではThink ITの連載をまとめた「これからのSIerの話をしよう」「エンジニアなら知っておきたいAIのキホン」「エンジニアなら知っておきたい システム設計とドキュメント」を刊行。

「日本のITの近代化」と「日本のITを世界に」の2つのテーマをライフワークに掲げている。

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