インタビューは確証バイアスとの戦い
はじめに
前回は、ユーザーインタビュー実査の会話テクニックの締めくくりとして、クロージングの流れについて解説しました。
今回はインタビュー実査にあたり、あなたが心得ておかなければならない「確証バイアス」や「誘導」とその対処方法について解説します。
インタビューは
自分の先入観(確証バイアス)との戦い
インタビューは自分の先入観との戦いです。先⼊観という認知の働きは誰しもにあります。これを専門用語では「確証バイアス」と呼びます。確証バイアスは無意識のうちにインタビューでのあなたの公平な姿勢を崩します。
ちょっとしたワークをとおして、体験してみましょう。
ワーク1:「資格を取るモチベーション」はどんなものがあるか考えてみる(3分)
まず「資格を取るモチベーション」にはどのようなユーザー心理があるでしょうか。本連載でも何度か解説していますが、それは見ずに、あなた自身で考えてみてください。
ワーク2:インタビューの発話録を見て、あなたの仮説があたったかどうか判断する
仮にあなたが「資格を取るモチベーション」についてインタビューをして、次のような発話録が得られたとします。
さて、あなたの仮説はあたっていたでしょうか?
たぶん、あなたはいま「仮説があたった」と感じていると思います。その感じを覚えておいてください。なぜそう言い切れるか? それは、この記事を読んだ人全員が「仮説があたった」と感じるようになっているからです。
仮説はかならずあたる、
だからこそタチが悪い
ここで、連載第5回)をふりかえります。「資格を取るモチベーション」を実査すると、5つの心理が混ざりあってできていました。あなたが立てた仮説も、この5つに含まれているはずです。
もしあなたが、資格を取るきっかけは「社内の評価のため」であるという仮説を立てていたとしましょう。あなたには、発話録が次のように感じられていたはずです。
あなたは「仮説があたった!」と感じていることでしょう。
もしあなたが「コスト(費⽤・時間)を⼼配」という仮説を立てていたならば、発話録は次のように感じられていたはずです。
あなたは「仮説があたった!」と感じていることでしょう。
ほかの仮説でも同様です。
ここで重要なのは、どの仮説をもっていたとしても「仮説があたった!」と感じることです。
では、質問を変えましょう。「あなたはすべての心理を網羅して仮説を立てることができましたか?」
人間がほかの人間の心理について推測するとき、まったく気持ちが理解できないということは、じつはそこまで多くありません。むしろ部分的にはあたります。
そう、仮説はかならずあたるのです。
だからこそ、余計に周囲が見えなくなります。確証バイアスとは「⾃分の興味のある情報ほど意識に⼊りやすい」という現象です。あなたの脳内に仮説があると、ユーザーインタビューを聞いたとき、あなたの意識は強烈にそこにもっていかれます。そして見落としているユーザー心理に気づくことなく、自分が100点をとったような錯覚に陥ります。
仮説があたるために、かえって正しい判断ができなくなってしまうのです。筆者の体感では、いつも脳内で仮説思考をして素早く正解を導くことを得意にしているようなアタマのいい人ほど、確証バイアスの罠に引っかかります。
確証バイアスを避けるためには
確証バイアスを避ける方法としてよく言われるのは「インタビューには仮説をいったん捨てて臨む」というものです。しかし「仮説をいったん捨てる」というのは心がけでしかなく、なかなか難しいものです。
そこで筆者がおすすめしているのは「インタビュー中に出た話題はとにかくすべてをメモする」というテクニックです。ポイントはとにかくすべてをメモし、場に出た話題は何が重要かという判断はせず、同じ重みで記録します。
確証バイアスは、あなたの行動に「自分が気になるところの情報を重点的に集める」というかたちで現れます。インタビューのなかで、あなたはあなたが重要だと思うところをメモしているわけです。しかし「あなたが重要だと思うところ」という時点で、あなたの確証バイアスで情報の取捨選択がされています。
対策としては、あなたが重要だと思わないところまで含めて、とにかく場に出た話題をすべてをメモすれば確証バイアスを大きく軽減できるわけです。
ユーザーインタビューの目的は「豊富な情報を次の定性分析にもっていくこと」です。何が重要かはインタビューの次のフェーズである定性分析でじっくり考えます。インタビューのなかで正解を出す必要はなく、むしろ確証バイアスにやられるので正解は出してはいけません。
ちなみに筆者の体感では、この「重要だと思わないこともすべて記録する」も、アタマのいい人ほど苦手です。アタマのいい人は効率よく正解を見つける思考法に慣れているからです。
インタビュー対象者は無意識に「同調」する
もうひとつ、ユーザーインタビューでやってしまいがちな「誘導」の例を紹介します。質問のしかたが悪いとインタビュー対象者はかんたんに誘導されてしまいます。
次は筆者が同席したあるインタビューの会話です。筆者はサブモデレーターとして、メインモデレーターのとなりに座って見ていました。
- メインモデレーター:飲み会はよくしますか。
- インタビュー対象者:はい。お酒が好きなので、よく飲み会しますね。
- メインモデレーター:では、あなたが仲間と飲み会に行ったとしてください。
- インタビュー対象者:はい。
- メインモデレーター:ところがいざ居酒屋に入ろうとしたら、その居酒屋が満席でした。困りませんか。
- インタビュー対象者:はい。困りますね。
- メインモデレーター:そのとき近くの空いている居酒屋を検索できるアプリがあったら、便利ですよね。
- インタビュー対象者:それは便利ですね! そのアプリ使います!
- メインモデレーター:(やった! このアイデアはいけるぞ!!)
ここで、筆者が割って入りました。
- 羽山:その状況、先月に何回ありましたか?
- インタビュー対象者:えっ……あ……1回もなかったです。
メインモデレーターが強烈な誘導をしてしまっていたことに気がついたでしょうか。「Aという状況におかれて、Bという課題があったら、Cという製品は便利ですよね」という訊きかたで「いいえ」という人はあまりいません。
インタビュー対象者は素直に誘導されています。対象者は、基本的にインタビューの流れに無意識に「同調」しようとします。「役に立つことをしゃべらなければ」という意識があるので、前提となる状況設定を示されたら、その状況設定に疑問を唱えたりはしません。
インタビューでは
「過去のエピソード(実際にしたこと)」を訊く
ここまで紹介したユーザーインタビューの心がまえや会話テクニックを見て、アレッと思ったかもしれません。インタビューでは、ユーザーに「何がほしいですか」「この製品は役に立ちますか」「どのような機能があればいいと思いますか」といった質問は、あまりしません。
本連載でお伝えしてきたとおり、「何がほしいですか」というような質問は、ユーザーインタビューではあまり意味がありません。連載第1回で紹介した「ユーザーは黒いお皿が欲しいと口では言ったのに、持って帰ったのは白いお皿だった」というエピソードを思い出してください。「起きていないこと」についてのユーザーの意見は、仮定と誘導の延長でしかないのです。
そこで、インタビューでは「過去のエピソード」を中心に訊きます。過去の出来事は実際にした行動なので、信頼性が⾼いのです。過去をふりかえって質問するインタビューを、専門用語では「回顧的インタビュー」と呼びます。
もちろん、回顧的インタビューは100%正確ではありません。人間の記憶はあいまいで、記憶ちがい、無意識の改ざん、つじつま合わせがあったり、理由のあとづけがされることがあります。しかし、未来についての意見を求めるよりは、ずっとユーザーの心理を確実に現してくれます。
おわりに
今回は、インタビュー実査にあたり、心得ておかなければならない「確証バイアス」や「誘導」とその対処方法について解説しました。
確証バイアスをもたずフラットにインタビューができると、3〜4人目まではユーザー⼼理の世界がどんどん広がっていく体感が得られます。興味をもたなければならないのは、仮説があたったかどうかではなく、あなたが知らないユーザー心理がどれだけあるかです。
ユーザーインタビューをつうじて自分が賢かったことを見つけるのではなく、なにもわかっていなかった自分を見つけられたら成功です。人間の想像力には限界があるので、ユーザー心理をすべて推測できているということはまずありません。もしインタビューをしても「ぜんぶわかっていることだった」「思っているとおりだった」と感じたら、それはあなたが賢いのではなく、確証バイアスにやられていることを示します。
次回は、インタビューの仕上げとして、インタビュー結果を定性分析(「質的分析」とも呼びます)する方法を解説します。連載第4回で紹介した手法を、具体的に手を動かしながら解説していきます。
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