ITエンジニアとデザイン
ごあいさつ
はじめまして、アートディレクターの伊藤です。
私は、グラフィックデザイナーとして通販カタログやブランディングなどの紙媒体をメインに仕事をやっていますが、数年前に大手メガバンクのATM画面デザインのアートディレクションを担当させていただきました。きっと皆さんもよくご存知のATM画面です。
当時はまだ、デザイナーが情報システムの開発プロジェクトに参画することは少なかったのですが、最近はすごい勢いで増えています。情報システムにおいても、UI(ユーザ・インタフェース)やUX(ユーザ・エクスペリエンス)の重要性が高まってきていますからね。しかし、元々の考え方や文化が違うため、うまくコラボレーションできていないケースも少なくないとか。
そこで、本連載では、デザイナーの考えていることやその文化、あるいは、そもそもデザインとは何かについて、ざっくばらんに話をしていきたいと思います。ITエンジニアの皆さんが、デザインについて考えるきっかけとなったり、デザイナーと一緒に仕事をするようになった時の予備知識として活用していただければ幸いです。
"デザイン"にセンスや芸術性は不要
最初に、皆さんにお伝えしたいことは、ずばりこれです。
デザインとは機能。今からでも身につけることは可能!
“デザインするスキル”は、持って生まれた才能で、今、そのセンスや芸術性がない人は、『今さらどうしようもない』と思っていませんか?
実は、デザインというものはそうではありません。デザインは“機能”があって初めて成り立つもので、“機能”の延長線上にあるものなのです。したがって、デザインにも、(当然ですが)システム開発同様、“役割”や“目的”もあるのです。
おそらく皆さんも、例えば“シニアが利用するアプリ”だったら、大きめのボタンと大きな文字で設計しますよね。その上で、UXの観点からボタンを押した時に沈み込んだり、なんらかの音を発したりする方が使いやすくなると考えますよね。それもデザインだし、そこが出発点になります。
要するに、“いいデザイン”とは、あくまで見る側、使う側の視点に立って設計されたもので、特に“センス”や“感覚”は必要なく、『ある目的のために設計される』ものだということですね。考えるべきことは、『その目的のためにどう見せるか?』というわけです。
逆に、感覚的になんとなく設計されたモノや、アーティスティックなものは良いデザインとは言えない可能性がでてきます。重要なことは、あくまでもユーザーに使ってもらいやすくするための“操作性”であり、ユーザーに使ってもらうという目的を達成するために作られることですからね。
“コンセプト”に従ってデザインも決まる
ですから、デザインも情報システムを開発する時に考える“コンセプト”に従って決まります。“何のために作るのか”“誰が使うのか”、それらによって情報の優先順位やルートが決まりますよね。デザインもそこからスタートします。
そうしたシステム設計の根幹が、最終的にUIやUXと言われるデザインに大きく反映されます。これができていないといくらクールなUIデザインでも意味がありません。使っている人はそのシステムの迷路にはまって行ってしまうからです。
そういう意味でデザインにもコンセプトが最重要なので、それを意識しながら“機能”と“デザイン”を設計しなければなりません。“デザイン”という用語自体も多様性を含んだ言葉で、“見た目”や“見栄え”のような意味をイメージすることが多いかもしれませんが、広義には“設計”全体のことを指す時もありますからね。
システムの中身を一番理解しているからこそいいデザインができる
いかがでしょうか? デザインというものが、普段、皆さんが最も得意としている“機能”の延長線上にあるものだとしたら、自分も“できる”ようになるとは思いませんか?
それに、“情報システム”そのものを知らない(つまり、デザインに関する知識しか持たない)デザイナーより、システムの中身を一番理解しているITエンジニアの方が、良いデザインができるとは思いませんか?
もちろん、そのためにはデザインに関する最低限の基礎知識は必要になるでしょう。色や線、文字、写真、文字や写真の大きさ、そのレイアウトの持つ“意味”です。デザインとはセオリーなので、そのセオリーすなわち“意味”を理解し、「意味のあるデザイン」にできればいいので、それらの基礎知識を習得しましょう。そうすれば、システムの中身に精通している皆さんだからこそ、“良いデザイン”ができるようになるはずです。
どうですか? 少しは敷居が低く感じてもらえたでしょうか? 「具体的にどうするのか」という技術的なお話は次回以降になりますが、サンプルを例示しながらできるだけ簡単に解説していきたいと考えています。堅く考えずに、一緒に楽しく学んでいきましょう。
IT教育のカリスマ、三好康之が語る
ITエンジニアとデザインスキルの“関係”および“現状”と“課題”
伊藤先生に、この連載を持ち掛けたのは私です。というのも、ITエンジニアにも“デザインスキル”が必要になってきたことを肌で感じるようになってきたからです。
元々、ITエンジニアに“デザインを学ぶ機会”はほとんどありませんでした。情報処理技術者試験でも、ベンダ資格でも、こと“デザイン”に関しては範囲外なんですね。つまり、しっかりと体系化された“資格のカリキュラム”には頼れないのです。“デザイン”について学ぼうとしたら、その手の本を買ってきて、それこそ試行錯誤で会得していくしかなかったわけです。
それに、社内システムだったら多少使い勝手が悪くても「コンピュータなんて、こんなもんだ」と思って納得できる現状があるのかもしれません。でも、考えてみてください。使い勝手が悪いから“操作マニュアル”を作らないといけないし、それでもわかりにくいから“操作指導”をしないといけない。もちろんお金を出すのは、すべてお客様です。
そんな状況も変わりつつあります。インターネットが進展し、デザイナーが手掛けたWebページやスマホ画面を普通に使うようになって、ITエンジニアが設計した画面のチープさが目立つようになってきたからです。そうした変化に敏感な企業では、普通にデザイナーを入れて開発するようになってきました。デザイナーの協力を得て共通デザインを決め、設計標準で共有して開発するという流れですね。
今後、ますますこの傾向が加速してくのは間違いありません。それに備えて、デザイナーと協力して進めていくのも良いのですが、できることならITエンジニア自身がデザインスキルを身につけて、システム設計を推進していくのが理想でしょう。私自身も「元からデザインセンスないし……」と諦めていた口なので、今回の伊藤先生の話を聞いて、一筋の光が見えてきました。とても弱い分野なので、基礎から学んでいきたいと考えています。